いにしへに織りてし機を

【原文】

いにしへゆ 織りてしはたを このゆうへ 衣に縫ひて 君待つわれ
足玉あしだま手玉てだまもゆらに 織るはたを 君が御衣みけしに 縫ひもあへむかも
棚機たなばた五百機いほはた立てて 織るはたの 秋去りころも たれか取り見む

作者不詳(七夕歌)

【現代語訳】

ずっと前に織っていた布を、この夕べ衣に縫ってあなたをを待つ私です。
足玉も手玉も鳴るばかりに織る布をあなたの着物に縫いおおせるでしょうか。
棚機をいっぱいたてて織る布の秋の衣は誰が面倒を見るのでしょうか。

【英訳】

The cloth that I wove
Many years ago I sew
Into my own dress
This evening, and I wait
For my lad the dress to show.

苗代のこなぎが

【原文】

苗代なえしろ小水葱こなぎが花を 衣にり なるるまにまに あぜかいとしけ
美夜自呂みやじろの すかへに立てる かほが花 な咲き出でそね こめてしのはむ

作者不詳(比喩歌)

【現代語訳】

苗代に咲く小水葱の花を衣にすりつけた。
着慣れるにつれ愛着を感じる衣のように、馴れ親しむにつれ、相手も一層愛しくなるもの。

【英訳】

I tincture my dress
With the hollyhock flower
In the rice-plant bed,
And have it on for ever,
Yet I love it more and more.

瓜食めば

【原文】

うりめば 子供思ほゆ くりめば ましてしのはゆ 何処いづくより
きたりしものぞ 眼交まなかひに もとなかかりて 安眠やすいさぬ

(反歌)
しろかねくがねも玉も 何せむに まされる宝子に かめやも

山上憶良

【現代語訳】

瓜を食べると子が思い出され、くりを食べるとなおしのばれます。どこからきたものなのでしょう。
目の前にむやみにちらついて、眠らせないのは。

(反歌)
金も銀も珠玉もどうして子供より優れた宝といえましょう。

【英訳】

I eat a melon,
And then I think of children;
I eat a chestnut,
Then the more I love children;
I do wonder whence
They have come into this world,
Why before mine eyes
They appear and move about,
And let me not fall asleep.

Even bright silver,
Even gold and genuine gems,
Of what use are they?
No treasure is so valuable,
So rich as lovely children.

韓人の衣染むといふ

【原文】

韓人からひところもむとふ むらさきこころみて 思ほゆるかも
大和やまとへに 君が立つ日の 近づけば 野に立つ鹿しかとよみてそ鳴く

麻田連陽春

【現代語訳】
韓人が衣を染めるという、紫の色のように、あなたのことが心にしみるように懐かしく思われます。
大和へとあなたが出発される日が近づいたので、別れをしのんで、野に立つ鹿までもあたりに声を響かせて鳴いています。

近江の海

【原文】

淡海あふみの海 夕波千鳥うみゆふなみちどり が鳴けば こころもしのに いにしへ思ほゆ

柿本人麻呂

【解説】

過ぎし日々と美しき風景
夕暮れの近江の海を鳴き戯れる千鳥の群に、過ぎし日々が懐かしく思われる日々。
宮廷歌人として華かな生活を送ってきた柿本人麻呂は、左遷されて、都でのきらびやかな生活とは全くの正反対の人里離れた地を転々とする旅をしたようです。
途中立ち寄った近江の風景は、人生の風景と重なった鈍色の美しさを漂わせています。

君待つと

【原文】

君待つと わが恋ひをれば わが屋戸やどの すだれ動かし 秋の風吹く

額田王

風をだに 恋ふるはもし 風をだに むとし待たば 何かなげかむ

鏡王女

【解説】

姉妹が恋を語りあう
天智天皇を思って、姉妹である額田王と鏡王女が詠んだ歌です。
額田王が、あなたを待っていると、すだれを通して涼しい秋の風が吹いてきますと。それに対して、姉である鏡王女は、私のところへはお便りさえないと返しています。
どんな素敵な姉妹なのか興味が湧きます。

思はじと言ひてしものを

【原文】

思はじと ひてしものを 朱華色はねずいろうつろひやすき わが心かも
われのみそ 君には恋ふる わが背子せこが 恋ふとふことは ことなぐさ
思へども しるしなしと 知るものを なにかここだく わが恋ひわたる

大伴坂上郎女

【現代語訳】

もう思うまいと言ってはみても、はねず色のように、なんと変わりやすい私の心。
私だけが、あなたに恋をしているのです。あなたが恋をしているというのは、単なる言葉の気休めなのですね。いくら思っても甲斐がないと知っているのに、どうしてこんなに、わたしは恋つづけるのでしょう。

秋の野に

【原文】

秋の野に 咲きたる花を および折りかき 数ふれば 七種ななくさの花
はぎの花 尾花をばな 葛花くずばな 瞿麦なでしこの花 女郎花をみなへし また藤袴ふぢばかま 朝貌あさがほの花

山上憶良

【現代語訳】

秋の野に咲いている花を指を折って数えてみると七種の花。
萩の花、尾花、葛花、なでしこ、おみなえし、藤袴、朝顔の花。

【英訳】

Folding my fingers
One by one, I count the flowers
Blooming in the field
Of Autumn, and then I know
There are seven in number.

The seven flowers
Of autumn are Japanese bush-clovers,
Pampas-grass, fringed pinks
Arrow-root flowers,
Patrinia palmatae,
Ague-weeds and convolvuli.

春過ぎて

【原文】

春過ぎて 夏きたるらし 白妙しろたへころもしたり あま香具山かぐやま

持統天皇

【現代語訳】
いつのまにか春が過ぎ夏が来たようですね。天の香具山に。真っ白な衣が干してあって。

天の鶴群

【原文】

旅人たびひと宿やどりせむ野に 霜降らば が子ぐくめ あめ鶴群たづむら

遣唐使の母

【現代語訳】

大空を舞う鶴の群よ、凍てつく大地で息子が野宿するようなことがあったら、どうか、その大きな翼で暖めて欲しい。

【英訳】

When frost comes and falls
On the field where the travelers
Lie to pass a night,
Pray, cranes of heaven, shelter
My child with your tender wings.